とてもではないですが途方もない夢である事でも起こったらと考えて書きます。僕が宝くじに当たったら、まず考え方を変えます。一生分の運を使い果たしたと考え、リスクの少ないファンドを買ったり、米ドルやユーロに通貨を交換して貯金または投資をしたりすると思います。最早自分にはこれ以上のお金は入ってこないと考えを持ってしまい、信念にしてしまうんです。そうすれば無駄遣いがなくなり、老後の貯蓄にも回せるでしょう。ただお金をねかせるという事も考えましたが、それでは意味がないと思いました。もちろん一部はそうするかもしれませんが、もうこれ以上宝くじにしてもギャンブルにしても勝つ事、当たる事はないという考え方を前提にすれば、一生働かなくてもいいお金を手にしてもじゃあ何のために生きていくのかという課題に突き当たります。ユダヤ教やキリスト教の聖典である聖書の中に出てくる放蕩息子にしてもそうです。大金を手にしてしまったがために、あっという間にすってんてんになってしまい、実家に寂しく帰っていくという悲しいお話があります。そう考えた時、僕はこのお話を反面教師にしたいと思っています。実現しそうにない事ではあります。でも、可能性はないとは言えないと思います。その時の為に夢を見るのでもいいので心の準備を進めておきたいものです。頭の片隅にでもいいと思います。とにかく世俗のものに消費する事だけは僕はしたくないです。守るか増やすかです。減らす道は取りません。増やすことを考えたら減るリスクはあります。でもそれならば自分で「自分の為にやったのだから仕方がない」とあきらめもつくでしょう。ただ、資金の一部をそれ相応のリターンが取れる投資には回すかもしれないと人生を生きてきた中で思っています。私はチャンスはあると思っています。どんなこともです。である以上はあきらめない心が必要と思います。ただ、得るために苦労したものを無駄に浪費はしたくないです。